眼前で髪を結わえて無邪気に遊ぶ少女は我々にとって最も尊ぶべき女王であり、そして同時に最も愛しむべき母なる存在でもある。先程からその長い藍の髪を一束掴んでは頭頂部で纏め、束ねては解き、を繰り返している。恐らく自らの思うように纏めることが叶わないのだろう。普通ならば苛立ちが募るところである。しかし彼女は上機嫌だ。

「髪を束ねたいのなら僕が結って差し上げますよ、ディーヴァ。」

見かねて声を掛けると、アンティークの化粧台の椅子に座ったままの状態で「じゃあ、ここをこうして、ここで留めて頂戴。」と指で指し示しながら要求する。腰まで掛かるたおやかな髪は今も昔も変わらない。その多くはそのまま残して一房だけを示された位置で括る。

「うふふ、おそろい。」

そう言って結わえたばかりの部分を指でちょんちょんと摘んで示すのは恐らく、いやほぼ確実に、この場にいない彼の人物であろう。我らが女王はシュヴァリエとしての我々と同等以上にあの人間を特別に思っている。

「まったくったら、わたしを置いてどこへ行っちゃったのかしら。」
「彼女なら今、兄さんの指示でロンドンですよ。」
「アンシェルの?まったくアンシェルったら、勝手にわたしのところからを連れて行っちゃうなんて。」
「あとで兄さんに、ディーヴァがご立腹でしたと伝えておきますよ。」

苦笑しながらそう述べると、先程までの上機嫌とは打って変わり、ディーヴァはつまらなそうに裸の脚を揺らす。本心から退屈なのだろう。という女性がそれほどまでにディーヴァ依存させる所以とは何なのか。未だ自分にははっきりと解りかねるが、少なくとも。
と共に居るときのディーヴァはさながら本物の姉妹のようで、見ている側も大変に微笑ましい。あまりに奔放で無邪気、そして残酷な少女は、彼女の前では本当に幸福そうな笑顔を見せる。自らを幽閉した人間という存在を憎むだけの、愛情を知らない少女が、に対してだけはその感情を与えてすらいるのではないか、そのような期待さえ抱かせる。

思うに、そのようなことを考える自分自身も相当に、という女性に依存しているのかもしれない。シュヴァリエとして愛しむべき対象はディーヴァのみにあらず、とでもいうところか。

つまらなそうに下を向いていたディーヴァが顔を上げた。先程結った藍の髪が揺れる。その姿が僅かにと重なって見えたことに対しての弁解などはない。蒼の瞳は僕を見つめる。

「なぁに、ソロモンもあの子がいなくて寂しいの、」
「ディーヴァのご想像にお任せしますよ。」
「あなたにはあげないわよ、ソロモン。」
「まったくもって恐れ多い。」

表面上穏やかに微笑んでみせるも、発した言葉とは裏腹に、内心では釘を刺されたことに苦笑する。女王による牽制か。
半ば冗談だっただろう。然れど、求めるものを同じくすることを悪いことだとは思わない。女王の愛するものを騎士もまた愛する、まったくもって好ましいことではないか。
ゆるやかに立ち上がったディーヴァは指で鏡をなぞりながら。

「つまらなぁい。ったらはやく帰ってこないかしら。」
「そうですね、ディーヴァ。」


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