栄養補給用のドリンクを片手に、整備が終わったばかりの幾つものオーガンをぼんやりと確認しながら歩いていると、見覚えのある姿を発見した。軽く片手を挙げてひらひらと振ってみれば、向こうもこちらに気付いたようで、僅かにげんなりとした顔をされるので足でも踏みつけてやりたい衝動に駆られる。ああ今溜息まで吐いた!

「人の顔を見るなり溜息とは失礼なんじゃない?」
「お前じゃなかったら溜息なぞ出なかったかもしれないがな」
「どういう意味よそれ」

飲みかけだったドリンクをそのまま手渡してやる。特にどうということもなくそれを受け取り、飲み口に口を付ける姿はごくごくありふれた光景だ。そんなイオラオスの様子を見ながら向かいの手すりに寄りかかる。結局足を踏むのは、やめた。
白を基調とし、一部パーツに青色のカラーリングが施された愛機を見つめながら、イオラオスが言う。

「・・・ちょっと、考え事をしていただけだ」

渡したドリンクは丁度空になったのか、彼は左手でパッケージをぐしゃりと潰した。

「どうせ姫様と、・・・そうね、あのノドス。エイジといったっけ?彼のことでしょう?」
「心底腹が立つな。お前には俺の考えが読めるのかとでも言ってやりたい」
「そりゃあわかるわよ。何年一緒に居ると思ってるの?」
「そうだったな」

変わらない。小さいころからコイツはずっとそうなのだから。一途で、そして真面目すぎる。特に、ディアネイラに仕えるようになってからは。ことさらディアネイラのことに関しては、何よりも彼女を優先するあまり、すっかり周りが見えなくなるのだ。忠誠心と言えば聞こえは良いけれど、誰がどう見たって彼の抱く想いなんてまる分かりじゃないかと思う。

「アネーシャがあんたのこと心配してたわよ。毎度毎度無理しすぎるあんたがぶっ倒れないように気を遣ってくれてる彼女の身にもなってみなさいよ」
「彼女には感謝している。彼女のような治癒能力者が常に姫様の側に居てくれることは、前線で戦う我々にとっても限りなく心強い」

そう述べる彼の顔は僅かに誇らしい。しかし同時に私を呆れさせる。

「、・・・気付いてないんだ」
「・・・何にだ?」

ああもうコイツは。本当に馬鹿野郎だ。
アネーシャはあんなにアプローチしているというのに。あんなに頑張っているのに一向に報われる気配もない彼女がいっそ憐れだ。

「あんたの頭の中には本当にディアネイラ様のことしかないのねー」
「ユーノス王家に仕え、姫様に忠義を尽くし共にアルゴノートに乗艦する者として、それはこの上なく正しい姿だと思うが?」

半ば呆れ口調の私を相手に真剣に切り返してくるあたり、実に真面目なイオラオスらしい。そのくせ、頭の中はディアネイラのことで一杯なのだからどうしようもない。他のことにまで頭を回そうとはしないのだろうか。折角顔は良いのに。アネーシャ以外にも狙っている女性が幾人か居ることを私は知っている。
――もしも、だ。もし、ディアネイラを喪うようなことになったとしたら、彼は一体どうなってしまうのだろう。唯一絶対として縋ってきた存在を喪ったとき、彼は何を支えとして生きるのだろうか。

「流石近衛騎士団長殿。でも、わたし知ってるんだからね?あんたがテイルとメイルからディアネイラ様の画像データ買ってること」
「な!お前・・・!!」

動揺を隠せないらしく、見ていて面白い。けれどこのままじゃ私としても治まらないのだ。どうせイオラオスのことだから、このままディアネイラには何の素振りも見せることなく終えるつもりなのだろう。自分が彼女の側を離れるときまで。

呆れ交じりの目でぼんやりとイオラオスを見つめていたら、それまでの焦りを誤魔化すように咳払いをした後、突然視線を合わせてきたので一瞬面食らってしまった。

「ただ勿論、、お前にも感謝している。」
「はいはい、結局全ては"姫様のため"なんでしょー。せいぜい頑張りなさいよ、あのノドスに取られないうちに」

絶対拒絶圏の内に入れないからって、アプローチの一つも掛けられないなんて。
そんなんじゃ、私の気持ちだって報われないじゃないか。

胸の内に僅かに湧き上がった悔しさを込めて、自分の右足で思い切り奴の左足を踏みつけてから、駆け足で立ち去る。

CLOSE私の想いが届かないのならせめて、貴方が想う人と幸せにと願うのに